出典:『SLAM DUNK』完全版 第5巻,P189
第三層の「脇役」から読んでみる
水戸洋平が好きだ。
国民的バスケットボール漫画『スラムダンク』の主人公・桜木花道の親友であり、中学時代からの不良仲間。
彼はバスケ部ではないので、バスケはしない。なので、桜木にアドバイスすることもないし、叱咤激励することもない。ただ、桜木の成長や翔北バスケ部の快進撃を、体育館の片隅で眺めている。
そんな水戸洋平が、昔からなぜか好きなのだ。
今回、よすみ編集部から「漫画評論を書いてみませんか」とご依頼を受け、考え込んだ。
私は漫画を読むことは大好きで、日常的に様々な漫画を読み続けているが、評論できるかというと自信がない。
客観的に漫画作品について考察したことはこれまでになく、いち読者、いちファンとして、ただただ漫画を目一杯楽しんで読んできた。
そんな自分にどんなことが書けるだろう。
考えてみて、ふと頭に浮かんだのが水戸洋平だった。
水戸洋平は、いわゆる「脇役」である。
主人公が第一層だとすると、ヒロイン・ライバル・仲間など主人公を囲む重要キャラクターが第二層、さらにその周りを囲むキャラクターが第三層で、「脇役」はこの第三層に所属する(と私は定義づけている)。
私は、昔からそんな「脇役」に目が行きがちだ。『スラムダンク』では、水戸に目が行くように。
先ほども書いた通り、水戸はバスケ部ではない。
つまり、主人公が所属・活躍する舞台に立っていない。彼は常に、舞台の上の桜木を、舞台の外から眺めている。
そんな水戸から読む『スラムダンク』は、一体どういう漫画なのか。
脇役から見た時、その作品はどんなテーマ性を帯びるのか。
もしかしたら、そういった漫画評論なら私に書けるかもしれない。
ということで、この連載『わきよみ漫画考』が始まった。
どうぞよろしくお願いします。
桜木のことをめちゃくちゃよく見ている
第24巻,P136
さて、水戸洋平の話に戻そう。
水戸の特徴は端的に言うと、「桜木のことをめちゃくちゃよく見ている」ということだ。
これはそのまま、作品内における水戸の役割でもある。
水戸は、中学時代から桜木と友人関係にあった。
「和光中の桜木軍団」と呼ばれる五人組の一人であり、桜木の次にケンカが強く、不良として名も知れ渡っている。
かといって、特に体が大きいとか、顔がいかついというわけではない。いつもヘラヘラしており、やや猫背。論理的で冷静、話もわかるやつだ。
桜木は抜群の運動能力によりケンカも強かったが、水戸の場合は感度の高さ、頭の良さがケンカの強さにつながっている。
相手は自分より上か下か、今手を出すべきかどうか、ボスは誰で自分は誰を狙うべきか、などなど、状況を俯瞰的に見て判断する能力がとても高い。
この能力は、水戸の観察力の高さおよび、繊細さを物語っている。
だからこそ、水戸はいつも、いち早く桜木の変化に気づけるのだ。
桜木が緊張している、緊張が溶けてきた、何か企んでいる、もうすぐキレそう、考えすぎている、なんか変だ……コート上にいる桜木の表情や行動から、桜木の状態を誰より早くキャッチする。
これは、長年の付き合いと水戸本来の特性によるものだろうが、桜木の才能への信頼が、さらにそれらを研ぎ澄まさせているように感じる。
「よーやく賭けるもんが見つかったってトコかな」
第5巻,P88
ここでちょっと考えてみたい。
もしも自分が桜木の親友で、中学時代から一緒に悪さしている不良仲間だったら、桜木がバスケ部に入ることを心から喜べるだろうか?
不良たちにとって、上下関係や練習を強いる「部活動」に所属することは、自分たちが反発してきた価値観に屈する、ダサいことなのではないだろうか?
もしかしたら最初は、水戸にも少しそんな気持ちがあったのかもしれない。恋愛をきっかけにバスケ部で奮闘する桜木を、おもしろがって見ていたところも大いにあったろう。
だけど、敏感な水戸にはすぐにわかったのだと思う。
自分の親友には、類稀なる才能が秘められていること。そして、それが開花しつつあることが。
桜木軍団の一人・大楠との会話で、こんなやりとりがある。
「なーんかおもしろいことないかねー 最近は花道もあんまり女にフラれないしつまんねーよな」
そうぼやく大楠に対し、水戸はこう返すのだ。
「あいつは今バスケットのハマりつつあるからな よーやく賭けるもんが見つかったってトコかな」
(中略)
「なんだよ洋平 じゃあお前はなんかあんのか?」
「…………オレ? さあ……よくわかんねー」
桜木には「賭けるもん」があるが、水戸にはない。
だけど彼の表情からは、嫉妬ではなく喜びが微かに感じられる。
親友がようやく、才能を開花させつつあることに。
第9巻,P152
また、県内ベスト4を賭けた試合の翌日、桜木は体育館で水戸に尋ねる。
「洋平… きのうはやっぱりオレ… けっこうスゴかった?」
「あの大歓声がきこえなかったのか?」
そして、二人の会話はこう続く。
「オレ… なんか上手くなってきた…」
「ハハッ! 天才なんだろ?」
「はは! はーっはっはっ 天才でよかった!!」
水戸は、桜木を導くことも励ますこともしない。否定も肯定もしない。
桜木が桜木らしくあることを望み、自覚させ、ただ寄り添い続けている。
私はそんな水戸に、桜木への母性を感じるのだ。
よく泣き、怒り、落ち込み、周りに迷惑をかけ続ける、ある意味で「子ども」のような桜木を、水戸は「親」のように見守り続けている。
チームメイトではない、でも家族だ
第6巻,P135
いつもは距離感を保っている水戸だが、一度だけバスケ部に強制的に介入したことがある。
それは、バスケ部を敵対視している三井が、別の不良集団を連れて体育館に殴り込みに来た時のことだ。
やむなく殴り合いになったのだが、バスケ部で暴力沙汰になったことが学校にバレると、試合に出られなくなる。
そんな時、水戸率いる桜木軍団が体育館に飛び込んできた。
水戸は、首謀者である三井を迷わず攻撃する。そしてこう言うのだ。
「もうバスケ部にかかわらないと言え この体育館には2度と来ないと言え」
あくまで部外者としての節度を持ちバスケ部と距離を保っていた水戸が、唯一、桜木以外の部員とともに、コートに立ったシーンである。
彼は彼なりに、バスケ部を守ろうとした。
バスケ部ではなく、桜木軍団として。桜木を見守る、親として。
水戸は、桜木の才能を壊すものを許さない。桜木らしさを毀損するものを許さない。
そのためなら、自分が罪を被り罰を受けることも厭わない。
水戸は桜木のチームメイトではない。だけど、家族なのだと思う。
第23巻,P120
ラストの対山王戦。
日本一強いチームとの接戦の中、桜木は大きな失敗を犯してしまう。ライバルである流川に憎まれ口を叩かれたものの、怒りをなんとか耐えしのぶ桜木。
その姿を見て、桜木軍団は大いに驚く。
「…かつての花道なら絶対殴ってるよ」「試合なんかカンケーなしに」「ああ」「アイツ…大人になったな」
すると、水戸はこう言うのだ。
「いや…そうじゃねえ…… バスケット選手になっちまったのさ…」
大人ではなく、バスケット選手になっちまった。
その姿を誰より喜んでいるのは、もしかしたら水戸なのかもしれない。
そんな水戸の視線から読む『スラムダンク』は、単なるスポーツ漫画ではない。
揺るぎない受容と信頼をベースにした、「家族」の物語のようにも見えるのだ。